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従軍慰安婦研究資料

Collection of Materials Relating to the Wartime “Comfort Women” Sexual Slavery Issue

従軍慰安婦に関する写真や画像


出典:上海派遣軍司令部編纂『日支事変 上海派遣軍司令部記念写真帖』1938年2月刊

1938年1月、正月早々、南京に開設された慰安所に巻脚絆(ゲートル)を外し並ぶ兵士たち



出典:村瀬守保写真集『私の従軍中国戦線 一兵士が写した戦場の記録』(初出:日本機関紙出版センター、1987年)新版:2005年


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慰安所の前で巻脚絆を外し順番を待つ兵士たち。場所:中国、時期:1938年頃



出典:村瀬守保写真集『私の従軍中国戦線 一兵士が写した戦場の記録』(初出:日本機関紙出版センター、1987年)新版:2005年

場所:中国、時期1938-1939頃
「皇軍万歳(ばんざい)」「第六慰安所」「櫻樓(さくらろう)」の文字と日の丸が掲げられている。
右には「慰安婦」の名前が書かれた木札、左には「登樓者心得(とうろうしゃこころえ)」が「兵站司令官」の名で貼り出されている。



出典:長沢健一『漢口慰安所』図書出版社,1983年,p.54

場所:中国・漢口の「第六慰安所」「平和館」、時期:1942年



出典:『IWM London』http://www.iwm.org.uk/collections/item/object/205194275
places:Rangoon, Burma
Object description:Japanese Prisoners of War: A Chinese girl from one of the Japanese Army's 'comfort battalions' awaits interrogation at a camp in Rangoon.
キャプション:ビルマ・ラングーンの収容所で尋問される日本軍「慰安婦」の中国人少女。
(時期:1944年頃)


米軍写真班撮影(アメリカ公文書館所蔵)

1944年、ビルマと中国の堺にある拉孟(らもう)で捕虜となった軍「慰安婦」たち。
右端のお腹の大きな女性は朴永心(パク・ヨンシム)さん。
ビルマでは「慰安婦」が前線で戦闘に巻き込まれ多くの死者が出た。

A photo of "comfort women" who were forced into sexual slavery by the Japanese military during World War II


米軍写真撮影班(アメリカ公文書館所蔵)

1944年9月、ビルマと中国の境である中国の拉孟で捕虜となり、昆明の捕虜収容所に移される前に尋問を受ける「慰安婦」たち。


出典:水木しげる『総員玉砕せよ!』講談社,1995年,p.14


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陸軍「慰安所」に並ぶ兵士たち
場所:(現パプアニューギニア)ニューブリテン島・ココポ、時期:1943年末頃

水木しげる氏の回想録「慰安所はまさに地獄の場所だった」…水木しげる 「慰安所はまさに地獄の場所だった」…水木しげる






「特別賣銭税免税票」
サイズ:縦9cm、横約7cm

発行者の欄には「海龍駐屯司令部」の文字、副官と思われる「伊藤」の印。
駐屯する軍の司令部が発行し配っていた慰安所の割引券のようなもの。
この「免税票」は兵士の証言に度々でてくるもので、1941年から45年まで満州とソ連の国境近くの石門子(黒竜江省 東寧県)にいた兵士の証言によれば、この券を持って行くと慰安所の「一円五十銭の料金が五十銭安く」なったそうである。
40名程いた1つの内務班に12、3枚が配られたが、若い兵隊がもらってもたいていは古参兵に取り上げられていたという。
(参考:西野瑠美子『従軍慰安婦 元兵士たちの証言』明石書店,1992年,pp.104-105)


Where "Comfort stations" Were
「慰安所」があった場所

(C)wam女たちの戦争と平和資料館,2005年
◉:公文書によって確認された場所
▲:元「慰安婦」の証言によって確認された場所
■(二重四角←変換できない):日本軍将兵の手記、証言や地元の目撃者証言によって確認された場所
※地図上のマークの数=慰安所の数ではない。
(『日本軍「慰安所」の地図 - Transnational History 日本軍「慰安所」の地図 - Transnational History』より)

The `comfort women' system is one of the largest cases of human trafficking in the 20th century.
この規模の大きさからいっても、「従軍慰安婦制度は、20世紀における最大の人身売買のケースのひとつ(2007 米下院決議 H.R.121)」であることは明らかであろう。

また、この慰安所マップは日本軍「慰安所」の規模をある程度把握できるとはいえ、例えば沖縄だけで「延べ数」約130ヶ所の慰安所が存在したといわれており、この慰安所マップも完全なものというわけではないことは留意しておくべきだろう。